薬剤師のための抗がん剤制吐療法ガイド:悪心・嘔吐のメカニズムから治療戦略、患者指導まで

目次

1. はじめに:抗がん剤と悪心・嘔吐

抗がん剤治療はがん細胞を攻撃する一方で、正常な細胞にも影響を及ぼし、様々な副作用を引き起こします。中でも、悪心※1・嘔吐※2は患者さんのQOLを著しく低下させる深刻な副作用です。

抗がん剤治療(化学療法:chemotherapy)によって引き起こされる悪心・嘔吐(nausea / vomiting)のことを、CINV(Chemotherapy Induced Nausea and Vomiting)と略して表記することが多いです。この記事でも以後CINVと表記します。

CINVは、化学療法を受けている患者が訴える副作用の中で、苦痛第一位であり、その対処は重要です。

効果的な制吐療法は、治療の継続を可能にし、患者さんがより良い状態で治療に臨めるようサポートするために不可欠です。薬剤師は、適切な制吐剤の選択、投与設計、副作用管理、患者指導を通して、制吐療法を成功に導く重要な役割を担っています。

この記事では、薬剤師が抗がん剤による悪心・嘔吐の予防と管理において必要な知識と実践的なスキルを習得することを目的として、最新のガイドラインに基づいた情報を提供します。

※1 悪心:嘔吐しそうな不快感で、延髄嘔吐中枢の求心性刺激(副交感神経緊張亢進など)の認識を表す。

※2 嘔吐:胃内容物を強制的に排出させる運動で、胃底部および下部食道括約筋が弛緩している時点で腹筋系が不随意収縮することで起こる。

2. 吐き気・嘔吐のメカニズム

吐き気・嘔吐は、延髄にある嘔吐中枢が刺激されることで引き起こされます。この嘔吐中枢には、末梢からの刺激(消化管の炎症など)だけでなく、脳内の化学受容体引金帯(CTZ)からの情報も伝達されます。抗がん剤はCTZに作用し、神経伝達物質を介して嘔吐中枢を刺激します。

  • 主な受容体: 5-HT3受容体、NK1受容体、ドーパミンD2受容体
  • 急性嘔吐: 抗がん剤投与後24時間以内に発現。5-HT3受容体の刺激が主な原因。
  • 遅発性嘔吐: 投与24時間以降に発現。NK1受容体の刺激が主な原因。
  • 突破性悪心・嘔吐: 制吐剤の予防投与後にも関わらず発現。
  • 予期性悪心・嘔吐: 過去の抗がん剤治療の経験から、次回の治療前に発現。

3. 制吐療法の現状とガイドライン

国内外で様々な制吐療法ガイドラインが発表されています。代表的なものとして、NCCNガイドライン、MASCC/ESMOガイドライン、日本癌治療学会(JSCO)による制吐薬適正使用ガイドラインなどが挙げられます。これらのガイドラインは、最新のエビデンスに基づいて作成されており、薬剤師は常に最新の情報を確認し、適切な制吐療法を実践する必要があります。制吐療法は多職種連携が不可欠であり、医師、看護師、薬剤師、管理栄養士などが協力して、患者さんにとって最適な治療を提供する必要があります。

本記事では、主に日本癌治療学会から発刊されている「制吐薬適正使用ガイドライン」をベースに解説していきます。すべてを網羅しているわけではないこと、書かれている情報が最新ではない可能性があることにご留意ください。

4. 制吐剤の種類と特徴

  • 5-HT3受容体拮抗薬: グランセトロン、オンダンセトロン、パロノセトロンなど。第一世代と第二世代では、遅発性嘔吐への効果や副作用プロファイルが異なる。
  • NK1受容体拮抗薬: アプレピタント、ホスアプレピタント、ホスネツピタントなど。
  • デキサメタゾン: ステロイド薬。抗炎症作用と制吐作用を併せ持つ。
  • オランザピン: 非定型抗精神病薬。多様な受容体に作用し、強力な制吐効果を示す。眠気などの副作用に注意が必要。

5. 催吐性リスクに応じた制吐療法の実践

抗がん剤は催吐性リスクに応じて分類されます(高度、中等度、軽度、最小度)。

  • 高度催吐性リスク: シスプラチン、ドキソルビシン(高用量)など。強力な制吐療法が必要。
  • 中等度催吐性リスク: カルボプラチン、イリノテカンなど。
  • 軽度催吐性リスク: ゲムシタビン、フルオロウラシルなど。
  • 最小度催吐性リスク: ビンクリスチン、ブレオマイシンなど。

各リスクレベルに応じた推奨される制吐レジメンを提示する。多剤併用療法時は、最も催吐性リスクの高い薬剤に合わせた制吐療法を選択します。

6. 突発性悪心・嘔吐への対処法

突発性悪心・嘔吐には、これまで使用していない種類の制吐剤を追加投与します。オランザピン、ハロペリドール、ベンゾジアゼピン系薬剤などが使用されます。

7. 予期性悪心・嘔吐への対処法

予期性悪心・嘔吐には、ベンゾジアゼピン系薬剤による薬物療法に加えて、リラクゼーション法などの非薬物療法も有効です。また、患者さんの不安を取り除き、安心して治療を受けられるように、精神的なサポートも重要です。

8. その他の悪心・嘔吐の原因と対応

がんやがん治療以外でも、様々な原因で悪心・嘔吐が起こることがあります。感染症、電解質異常、消化管閉塞、薬剤の副作用、便秘、脳腫瘍など。薬剤師は、原因に応じた適切な対応を行い、必要に応じて医師に相談する必要があります。

9. 患者さんへの指導とサポート

私が指導の上で重要だと思っている点は、患者さんのがん化学療法に対する悪いイメージをできる限り払拭することであると考えています。そのため、私が指導する際には、抗がん剤に対するイメージを先に聞いて、悪いイメージや不安があればその点をまず明確にしてから色々と説明を始めます。

特に、ドラマなどで洗面器を持ってひたすら吐いている描写がありますが、もちろん全ての抗がん剤でそのような副作用が出るとも限りませんし、個人差もかなりあります。

患者さんからすると、抗がん剤の吐き気は薬剤やレジメンによって異なるというようなことはイメージしていないことも多いでしょうし、制吐薬について整備されてきたのはここ20年くらいの話ですし、新しい制吐薬も出てきています。そのようなことを(時間はかかりますが)説明したうえで、抗がん剤の説明をすると、受け入れが良いという印象が私にはあります。あくまで個人的な意見とはなりますが。

10. まとめ

薬剤師は、患者さんにとって最適な制吐療法を提供するために、幅広い知識とスキルを持つ必要があります。常に最新の情報をアップデートし、多職種と連携しながら、患者さんのQOL向上に貢献していきましょう.

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この記事を書いた人

2007年に地方大学の薬学部を卒業し薬剤師資格を取得。
その後、臨床で活躍できる薬剤師を目指し、臨床コースのある都内の薬学部大学院へ進学。
薬剤師資格を活用して大手チェーンの調剤薬局・ドラッグストアでアルバイトを経験。
大学院では縁あってタイのKhon Kaen Universityへ留学、がん化学療法の研修を1ヶ月間履修。
卒後は都内の大学病院へ就職し、注射、調剤のほかに手術室、ICU、医薬品情報室など数々の業務を担当。
その中で自分の持っている知識をフル活用してがん患者さんに還元したいと思い、がん薬物療法関連の資格を取得し現在に至る。

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